ベストミックス

  東日本大震災後の東京電力福島第1原発事故を機に電力会社に対する厳しい目が向けられています。原子力発電所が大地震や津波に遭えば、深刻な事態を招くのではないかと、かねて指摘されてきましたが、実際にそれがおきたわけで、電力会社が適切な対策を怠り、最悪の状況に陥ってもなお、安易な原子力依存から脱却できないでいるので、批判は当然でしょう。
  また、東電は加害企業であるにもかかわらず、今なお、組織防衛を優先させようとする意向が垣間見え、計画停電に対する恐怖をあおって原発存続をもくろもうとしたり、損害賠償に対して誠意ある対応をとろうとせず、そういう姿勢に対しても、今後も厳しい追及が行われるべきだし、きちんとけじめをつけるためにも一度、破綻処理して、ゼロベースからやり直すべきだと思います。
  「やらせ問題」にかかわった、東電以外の電力会社や、監督官庁の経済産業省や、安全を監視すべき立場である、原子力・安全保安院の責任も重大ですね。
  ただ、評価すべき点もあります。どのメディアも取り上げないですけれど、各地の原発が相次いで運転停止になる中、深刻な停電や、電力供給の停止を回避できているのは、「ベストミックス」と呼ばれる、電力供給政策によるところが大きいのです。これは、原子力発電と火力発電(天然ガス、石炭、石油)、水力発電をバランスよく組み合わせることで、一つの発電方法に過度に依存せず、万一、一次エネルギー供給に支障が出た際のリスクを回避する策です。


  上のグラフは、電気事業連合会の資料です。発電電力量ベースで2009年時点で、原子力と天然ガスが約3割、石炭25%、水力9%、石油6%、地熱や風力など自然エネルギーが1%という構成になっています。
  福島事故後、中部電力浜岡原発が菅直人前首相の政治決断で停止され、さらに他電力の原発もストレステストをやるということで、相次いで13カ月ごとの定期点検に合わせて止められました。電力供給的には、かなりの痛手を被ったわけですが、何とかこの夏の猛暑を乗り切りました。それは、原子力の発電比率が「約3割しか」なかったからです。原子力が減った分は、火力発電で補うとともに、製鉄会社や化学会社なんかが保有する自家発電設備など「埋蔵電力」を発掘することで、何とか対応できました。
  原発の発電比率が7割ともいわれる、フランスあたりで、こういう事態が起きたらパニック状態ですね。おそらく、暴動なんかも起きて、治安が保てないのではないでしょうか。
  ベストミックスというのは優れた政策だったのです。これは戦後の高度成長期に産業にどうやって電力を安定供給するかが長年の懸案だったことや、2度のオイル・ショックでエネルギー不足の恐怖に陥れられた、「資源小国」日本ならではのサバイバルのための知恵と考えることができます。
  ただ、電事連のグラフをもう一度見ていただきたいのですが、2019年の予測で原子力発電の発電比率は40%強になるとされています。これはもちろん福島事故前にまとめられたものですが、「原子力は安全で安定的なエネルギー源だ」という神話や、「温室効果ガス問題に役立つ」といった誤った考え方に基づいて、原発推進政策がとられようとしていたためです。
  従来のベストミックスの考え方を逸脱し、原子力への依存を高めようとしていた矢先に、重大な事故が起きてしまったわけですが、事故は悲惨な結果をもたらしましたが、ある意味これは、私たちに対する警告だったわけで、おかしな方向に進む前に原発増設を防げたという意味では、不幸中の幸いと言えるかもしれません。
  ベストミックスは私たちの先人が築き上げた優れた知恵だったのです。もっともっと評価されてもいいと思います。電力会社自体が原発にこだわり、それを捨てようとするのはまったく理解できませんね。
  これもあまり知られていませんが、日本の天然ガス発電の効率は世界一です。そして、有害な煙を出すと思われがちな石炭火力でも、石炭を細かく粉砕し燃やすことで、非常にクリーンで効率良く発電する技術を確立しています。
  石炭火力発電が公害問題の大きな原因の一つになっている中国に輸出すれば、かなり大気汚染が軽減され、黄砂に乗って日本に飛来する汚染物質を少なくなるし、ビジネスにもなるはずです。これについては、新幹線同様、技術を盗ませてもいいのではないでしょうか? 中国でクリーンな発電が導入されれば、日本にとってもメリットは大きいはずです。
  日本人は、長い歴史から一つの方向に流れたり、依存するよりも、八方美人で風見鶏的ではありますが、多様性を重んじ、中庸であることを無意識に美徳としてきました。これからもベストミックスでいいんじゃないでしょうかね。
  政治の大きな目的は、「国民を寒さや飢えから守ること」にあります。東日本大震災で、多くの人たちが一時的に寒い状態や食料が足りない状態に陥りましたが、日本の経済基盤がしっかりしていることと、日本人がお互いに助け合う心を忘れなかったことで、政治が駄目でも、乗り切ることができました。政治、経済、社会(日本人の気質、道徳心)がうまくバランスが取れているからではないでしょうか。これもある意味ベストミックスではないでしょうかね。
  外交なんかも、米国だけに依存するからおかしなことになるわけで、中国やインド、ロシア、欧州なんかと、それぞれ牽制させ合いながら、うまく付き合えばいい。国の金融資産もそうですね。紙切れになる前に米国債、ドルだけでなく、金や資源、海外の農地、新興国通貨など多様性を持たせるべきでしょう。
  個人レベルでも、現金、中国株、金あたりをうまく組み合わせて、来たるべき金融恐慌に備えるべきでしょうね。何事もバランスが肝心、常にベストミックスを意識するといいですね。