博士の予言

  米国のニクソン政権下で国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャー博士は、米国の世界戦略に今でも大きな影響力を及ぼしています。昨年秋、日本が環太平洋連携協定(TPP)に参加するかどうかをめぐり、国内が大きく揺れる中、絶妙なタイミングで来日し、野田佳彦首相が「交渉参加」を表明する“後押し”となりました。
  ニクソン大統領というと、ウォーターゲート事件で歴史上初めて、米大統領が失脚したことで知られますが、ワシントンポストの駆け出しの若手記者が「スクープ」するなど、毎度毎度のことですが、米国で何かが起きると、胡散臭さがつきまといます。
  政権中枢にいたキッシンジャー博士は、うまくスキャンダルを潜り抜け、40年近くたった今でも日本そして世界に対して、存在感を示しています。日本の小物政治家どもがちょこちょことワシントンを訪れ、キッシンジャー詣でをしているのは半ば公然の事実です。
  博士の背後には大きな後ろ盾がいて、エージェントとして動いていることは明白で、まさに世界を動かす“黒幕”なのですが、著書や発言を見る限り、かなりの知性を持った人物であることもまた事実。朝貢国である日本は宗主国の米国に対して、いっぱい食わせてやるぐらいの気概が必要なのですが、対抗できる頭の良さを持ち合わせた人物は存在しません。この事実は粛々と受け止めなければなりません。
  キッシンジャー博士の“カウンターパート”的な存在が、元NHK記者で現在米国のシンクタンクに所属する日高義樹氏で、毎年年初に、日高氏のテレビ東京番組(現在「ワシントンの日高義樹です」)に、博士本人が出演して、その年の世界の動きを予測します。
  予測は当たらないことも多いのですが(わざとミスリードさせる面も多々あるでしょうけど)、世界を動かす人物の発言だけに見逃せません。難点は聞き手(日高氏)のクオリティーで、冷戦構造が抜け切れないんでしょうね。やたらと中国との対立をあおります。まさにそれこそ米国の思うつぼで、日本と中国が対立する構図を利用して、普天間移設など要求をエスカレートさせたり、米国債を買わせたりと、やられ放題です。博士も陰で苦笑していることでしょう。
  それはさておき、キッシンジャー博士の2012年の10大予測は
    ①ドルは下げ止まり安定する
    ②円はこれ以上、高くならない
    ③ユーロは時間をかけて危機を脱する
    ④EUが1~2年のうちに崩壊することはない
    ⑤中国経済は7~8%拡大する
    ⑥イランの核兵器に対する反発が強まる
    ⑦北朝鮮の新しい政権には亀裂が出てくる
    ⑧米国の軍事力が減っても同盟国の力で埋め合わせられる
    ⑨ロシアが帝国主義的国家体制をとるのは難しい
    ⑩大統領選挙後、米国は統一を取り戻す
です。トレーダーとしては①、②が気になりますね。私などは米国崩壊説の立場なので、非常に嫌な予想です。ただ、これはこれとして直視しないといけません。本気でそう思っていて、ドルを反転させる意思を持っているのか、単なる希望的観測なのかは話しぶりからは読めませんでした。確かに相場は円高に対してやや飽和してきた感もあります。
  ③~⑤は当たり障りないでしょうね。欧州に関しては、なんだかんだ言って、団結を維持するでしょう。かつては欧州は列強の集まりでしたが、今や弱っちい国ばかりで、結束しないと中国やロシア、台頭するトルコなんかに呑み込まれてしまうでしょう。
  ⑥、⑦はセンシティブですね。抑えた表現でしたが、イランに対しては敵意というものがにじみ出ていました。はっきり言って「はい、はいそうですか」と聞き流していい話だとは思いますが、⑧みたいなことを言い出してくるので、そうなると話は別です。
  要は、米国単独ではイランを攻撃できないということです。世論も許さないでしょう。だから、いざ戦うとなったら、核拡散防止と対テロのための「多国籍軍」を組織する腹積もりなのです。この辺、露骨に思惑が表れてきますね。
  当然、日本も金だけでなく、自衛隊の参加を強要されることでしょう。すでに巨額の金を貢いでいるにもかかわらず、さらに自衛隊派遣の議論をすることになると思うと、本当に辟易します。
  ⑨はプーチンに対するロシア国内の不満が噴出していますが、いろいろと背景事情があるということでしょう。「米国も一枚かんでいるよ」というメッセージでしょうか。ロシアは現在、中国と比較的共同歩調をとることが多いですが、一枚岩ではなくなる可能性を考慮しておいた方がいいでしょう。昨年のリビアのカダフィ政権崩壊の際の動きをもう一度、精査する必要があります。
  ⑩も「はい、そうですか」ですよね。統一を取り戻すって、もともと、統一しているじゃないですか。民主党が政権を取ろうが、共和党が政権を取ろうが、変化しませんよね。ティーパーティー、リバータリアン系と、民主、共和両勢力とは明確に対立軸が描けますが、リバータリアンの動きを巧妙に封じ込めますからね。
  ロン・ポールを巧妙に埋没させて、共和党を弱体化し、オバマ再選につなげるということなのでしょう。統一を取り戻すというよりは、支配層があらためて団結を強めるということでしょうか。
  キッシンジャー博士の2012年の10大予測は、こんなところです。まだ今年は始まったばかりで、先が読めない部分が多いですが、いろいろと物事が動き出す中で、博士が何を意図して発言したか、少しずつ解明できるでしょう。貴重なインタビューであることは間違いありません。