ラーメン道 ラーメン遺産・残したい味 渋谷編1



  長かった今年のゴールデンウイークもいよいよ最終日。このところつけ麺ばかりでしたが、久々に最後はラーメンで締めておきましょうかね。
  この十数年で、東京のラーメン事情は大きく変化しました。研究熱心な若い世代が開業するお店が、新風を吹き込み、あまり知られていないお店でも、飛び込みで入ると、そこそこレベルが高くて、“はずれ”に出くわす確率がきわめて低くなりました。
  つけ麺、油そばが勢力を伸ばしたり、フレンチやイタリアンのお店がランチ時間帯限定で、オリジナルのラーメンを提供していたりして、スタイルも多様化しています。


  また、従来は、神田、荻窪など、ラーメン店が集まるエリアがあり、“ラーメンの街”として知られていましたが、今では、23区内ならどこでも街角にちょっと存在感のあるラーメン店を見かけるようになりました。
  東池袋・大勝軒、永福町・大勝軒、麺屋武蔵、横浜家系など、有名店で修業し、のれん分けや独立するケースも目立ちます。ラーメン二郎なんかも同様ですね。最近は23区を飛び出し、首都圏近郊で開店したり、地方にも系列店がみられるようにもなりました。札幌、旭川、喜多方、和歌山あたりのラーメン店が逆に東京に進出するケースもあります。


  多くの店がしのぎを削り、お互いを刺激し合い、切磋琢磨するので、ラーメンは日々進化し、楽しませてくれます。とても一人の力ではフォローしきれないほどです。
  半面、昔ながらのラーメン店は、姿を消しつつあります。東京ラーメンの原点(正確にいうならば、浅草で明治時代に開業したお店もあるので、東京ラーメンの源流の一つ)は闇市で売られた大陸や台湾の影響を受けた、かけそばスタイルの麺料理ですね。東京の旧国鉄の主要駅前には大抵、終戦直後にできた闇市や自然発生的な市場、商店街があり、その名残で、古くからのひなびた中華料理店をよく見かけます。


  そこから始まったラーメンが、多くの人の味覚に受け入れられ、広がるようになりました。最近は新興ラーメン店に押されて、少なくなりましたが、街場の小ぢんまりした中華料理店で、その味が受け継がれ、醤油ラーメンをベースにチャーシューメン、ワンタンメンなどが供されました。瓶ビールと餃子、ザーサイあたりを頼んで、晩酌して、ラーメンで〆るというスタイルは、日々の小さな幸せですよね。
  最近は新しい味を追い求めていたので、昔ながらの味からは遠ざかっていたのですが、つけ麺店なんかを研究しているうちに、オーソドックスな味がどんどん消えていっていることに気づき、東京ラーメンの“原点”をしっかりフォローしておきたいと思いました。


  ノスタルジーに駆られ、まずは、渋谷「喜楽」を訪れることにしました。かの「神の舌」を持つといわれる石神秀幸さんが「ラーメン文化遺産」に“認定”したお店です。


  喜楽は渋谷道玄坂の、ラブホテルや風俗店なんかが混在する、ちょっと香ばしい雰囲気の一角にあります。現在地でいつから開業しているのかは知りませんが、この辺も闇市とか古くからの商店街の名残を残しているのでしょう。
  ゴールデンウイーク前半に訪れたのですが、休日で午後1時前と食事どきだったこともあり、店の前には10人ほどが並んでいました。
  並んでいる人たちは若い人もいるのですが、渋谷にいる割にはあか抜けていなかったり、年配の人もちょっとうだつの上がらない風采、女性は水商売風で同伴っぽかったりと、いい味を出していました。みんなちょっとこだわりを持って不器用に生きているんでしょうね。そしてラーメンを愛しているのでしょう。


  私は一応“渋谷仕様”の服装をしていたので、ちょっとこの列では浮いていて、気おくれしてしまいました。最近は若者が自分に合った服を着るので、渋谷の若者のファッションは一つのスタイルに流されず多様ですね。本当の意味で個性的で、いいことだと思います。
  お店はちょっとこぎれいな、おそらく“自社ビル”であろう3階建てのビルの1、2階にあります。宗教団体が支持母体の某政党のポスターが貼ってあるのもいかにも。いい味を出しています。入り口には店主の奥さんでしょうか、おばあちゃんがいて、列に並んでいる人からあらかじめ注文をとります。


  20分くらいして入店できました。中華麺(650円)の大盛(100円)を頼みました。あらかじめ注文していたので、席に着いて数分で出てきました。
  事前に写真で見ていたのですが、出てきた中華麺をみて、感慨深いものがありました。醤油ラーメンの上にもやしと半分に切った煮玉子、チャーシュー数切れがトッピングされ、まさに「正統派東京ラーメン」のスタイルでした。
  日ごろ、私は玉子は固ゆでがいいと、しつこく言い続けていますが、目の前にトッピングされているものは、私がまさに求めているものです。
  煮玉子と言えば、荻窪「丸福」の玉子そばが有名で、私は東京ラーメンの3本の指に入ると思っていますが、この渋谷・喜楽と、荻窪・丸福は煮玉子、もやしのトッピングと、同じようなスタイルです。どちらも旧国鉄駅近くに広がった市場で発祥したルーツを忠実に残していると思います。喜楽の店主は台湾出身だそうですが、丸福もおそらく台湾系のスタイルが土台なのでしょうね。
  見た目から大体、味は想像できましたが、スープを一口すすると、期待通りの味でした。丸福と同系統の味です。豚骨、鶏ガラのこってり系なのですが、とてもすっきりした味わいに仕上がっています。
  私はラーメンのトッピングで、もやしが大好きなのですが、喜楽は長時間湯通ししているのに対し、丸福はさっと熱湯につける程度で、喜楽がややしなっとしているのに対して、丸福の方はシャキッとしています。好みの問題ですが、私はどちらかというと丸福のものが好きです。
  麺も喜楽と丸福とでは対照的で、喜楽が太麺を使っているのに対し、丸福は細めの麺です。どちらがいいかは、その時の好み、体調や気分次第でしょう。どちらもおいしいです。
  古くからの東京ラーメンのスタイルを守っている店があるんだなと感心しつつ、あっという間に完食してしまいました。
  作りとしては、喜楽が素朴で、ともすればやや大雑把なのですが、丸福はトッピングの乗せ方など、すみずみまで丁寧で、味わいもやや洗練されています。
  丸福は化学調味料を使用しているので、その辺抵抗感がある人も多いのでしょうが、私は「グルタミン酸肯定派」です。私の信頼する漢方医は、化学調味料は世間の否定的な評価とは反対に、脳にポジティブな影響を与えるケースが多い(もちろん個々人の体質によります。体に合わずネガティブな影響を受ける人もいる)のだそうです。ちなみに私は昔、カップめんに白コショウと化学調味料をたっぷり振り掛けるのが好きでした。
  有名中華料理店でも“隠し味”として使っているところも、あるようですね。香港や上海に行ったら、そんなことは気にしていられません。


  蛇足ですが、化学調味料は(人によって)脳を活性化させる方向に働くケースがありますが、人工甘味料(アスパルテーム)は、往々にして脳に悪影響を与えるそうなので、「ダイエット○○」は気を付けた方がいいと思います。
  私は、丸福もラーメン文化遺産に選ばれてしかるべきだと思いますが、化学調味料はタブー視されているので、難しいのでしょう。もし選んだら炎上は必至で、石神さんの看板に傷がつくことになりかねないでしょうね。ただ、もし丸福を意図的に無視しているのであるならば、私は石神さんという人は底が知れるのではないかと思っています。
  前にも書きましたが、ラーメンってそこまで、オーガニックだとか、添加物一切不使用とかを喧伝して公明正大に売られる食べ物なんでしょうかね? むしろ対極にある食べ物だと思います。いずれ、詳しく述べたいと思いますが、オーガニックだって本当に体にいいものはごくわずかなのです。


  くどくどと書いてしまいましたが、神の舌を持つという人がお墨付きをつけているだけあって、喜楽は東京ラーメンを知る上で、貴重です。ラーメンに関心がある方は、渋谷にお立ち寄りの際、ぜひ試してほしいと思います。
  渋谷の裏通りなんかには、台湾系のお店や、ひなびた中華料理店をたまにみかけますが、これらもつぶさに調べると、終戦直後のルーツを持った味と出会えるかもしれません。
  中華の麺料理の要素を受け継ぎつつ、日本人の舌に訴えかけるラーメンの原点がそこにあります。これに対して、煮干しやサバ節など、魚介系の素材を入れ、日本そば風のテイストにしたものも、もう一方の東京ラーメンの原点ですね。後日、紹介したいと思います。