書評「マネー敗戦」

  私が日米関係を考える上で、基礎となっているネタ本の一つは吉川元忠(故人)著「マネー敗戦」(1998年、文芸春秋)で、読んだ後、大変な衝撃を受けました。その後、さらに優れた日米関係の分析本が出ており、時代が進んで新たな状況が加わっているので、今読むと多少、物足りない面もあるかもしれません。ただ、デフレが進み、「働けど働けど楽にならない」状況になぜ日本が陥ってしまったのか、理解するのに大変な助けとなる本になりました。
  私がこの本に接したのは、出版から5年ほどたった、2003年ごろだったと思います。りそな銀行国有化など、日本の金融問題がクライマックスに達していた頃でした。1998年にすでに問題の急所を的確に把握し、世に警鐘を鳴らしていたということに驚かされるとともに、その労に敬意を表したいと思います。
  本の内容としては、日本が買い支えている米国債がドル価値の低下でどんどん目減りし、それがデフレ圧力になっているというところが肝です。工業製品の輸出を重視する経済戦略にこだわった、日本は1972年のニクソン・ショック以降、ドルの急速な価値低下に歯止めをかけ、輸出競争力を維持するため、繰り返し、為替介入をし、貿易黒字をため込んできましたが、結局その政策が、あだとなっていることを鋭く指摘しています。
  1ドル=100円超で推移しているとなかなか理解しにくかったかもしれませんが、70円台が当たり前となりつつある今、実感として迫ってくるものがあるのではないでしょうか。
  繰り返し強調しているように、ドル暴落→介入→暴落→介入→・・・と、蟻地獄のような状態になっています。このまま続けると、破滅していく米国に抱きつかれて、日本も一緒に心中してしまうことになります。だからこそ、この連鎖を食い止めなければならない。米国債の買い支えと、為替介入はもうほどほどにしましょうよということです。さすがに今までの腐れ縁もあるので、お付き合い程度はしなければならないのでしょうが。
  日本は1990年代初頭、バブル経済で、絶頂期を迎えました。それは、米国と旧ソビエト連邦が冷戦を繰り広げ、日本は米国にとって重要な“同盟国”として厚遇されたためです。もちろん前にも述べましたが、日本人特有の勤勉さや細かい気配り、感性が大きく貢献した面もありますし、米国が日本をなめきっていた面もあるでしょう。
  見逃してはならない事実は、ソ連が滅びると同時に、米国ももはや、あの時点で、破綻国家だったということです。農作物や資源を輸出できる国ではあったわけですが、工業製品やハイテク分野では、もはや日本、そして同時、日本に次いで勢いがあった、アジアNIEsと呼ばれた国・地域(韓国、台湾、香港、シンガポール)には太刀打ちできない状況だったわけです。
  まともに経済戦争をやると、負けてしまう。だから、彼らは冷戦後も世界帝国として、君臨するため、新たな支配体制を考え、構築する必要があった。そして、それぞれの国の事情に合わせてわなを仕掛けたわけです。
  日本は、完全に金融のわなに引っかかってしまった。巨額の貿易黒字を計上しても、それが国内にはうまく還流しないように仕向けられ、しかも、帳簿上の黒字も、ドル安によって目減りさせられるという、拷問に近い、仕業に遭ったわけです。
  一時は、経済でアメリカを凌駕し、世界の頂点に立った日本ですが、10年もしないうちに、その座を引きずり落とされ、さらに金融機関の不良債権問題で難癖をつけられ、金融不況に陥れられていったのです。そして、郵政民営化で、最後の虎の子を失ってしまう。
  日本を蹴落とした米国は、2000年代初頭、絶頂を迎えます。軍事面でも世界を引き締めるため、2001年の米中枢同時テロを“演出”し、その後、アフガニスタン、イラクに侵攻。世界はあまりにも暴虐なやり方に沈黙させられてしまうわけです。
  一時的ですが、ドルの価値が上昇し、世界中から資金が流入したことで、住宅バブル、金融バブルが発生します。そして、それは、人類史上最悪のレベルまで膨張し、2008年のリーマン・ショックで、“プチ”崩壊。今後、本格的に後始末が始まろうとしているところです。
  3億人の人口を養えるだけの健全な経済を構築せず、帝国の地位を悪用し、不動産ころがし、金融ばくちに興じた結果が今の状況です。1990年代どころか、おそらく70年代、80年代の時点で、実質的に国家破綻していたのに、それを粉飾してきたツケがいま回ってきたということでしょう。
  マネー敗戦の著者吉川さんは、出版当時、それなりに評価はされていたと思いますが、米国が一応、上り調子であったため、あまり、広くは受け入れられなかったと思います。時代の先を読む人の宿命でもあるのでしょう。