昨年の東日本大震災直後に買い込んだ食料が、あれから1年たってようやく在庫処理を終えようとしています。当時、やっかいだったのは、震度5強の揺れでしかなかった東京でも、サプライチェーンの途絶とやらで、スーパーの棚からめぼしい食料が消え、しかも数週間その状況が続いたことです。
私は、普段からこういう事態を想定して、飲料水だけは自宅に2リットルボトルで50本程度は備蓄しているので、水に関しては困りませんでしたが、東京電力福島第1原発の事故で、放射性物質を多めに含んだ雨が降った直後、東京の上水道も放射性物質の濃度が一時的に高まり、ペットボトルの争奪戦が起きたので、小さい子どもを抱えているご家庭は大変だったことと思います。
3月11日の後も大きな余震が来たり、3月いっぱいは原発の状態が予断を許さない状況だったので、自宅にずっと引きこもる長期戦覚悟で、缶詰、調味料、冷凍食品、レトルト食品、インスタント食品など日持ちしそうな食料品を中心に買い集めました。また、当時は放射能云々がよく分からなかったので、ヨウ素を含むといわれるコンブや乾燥ワカメなどの海藻類も普段は大して食べもしないのに大量に購入しました。
幸い、あれ以上の大災害は起きず、非常事態はこなかったわけですが、困ったのは、備蓄食品の後始末ですよね。普段の食生活になじんでいる食品ならまだしも、食べ慣れない食品は、計画的に消費すればいいのですが、夏場なんか特に、わざわざ好まない物を食べようという気は起きず、放置したまま、時間が過ぎていきました。
インスタントの麺食品なんかは、案外、消費期限が短く、あまり食べたくないのに、無駄にしないためにノルマ的に食べざるをえないといった状況でした。調味料なんかは、大量に食べるというようなものではないので、一部は期限をすぎた今もなお細々と消費し続けているような状況です。
海藻類も大変でしたね。嫌いではないですが、好きでもないので、放っておいたら、だんだん消費期限が近づいてきて、年が明けてから、大掃除の一環で、みそ汁やそば、うどんのスープなんかに入れて、ようやく食べ切りつつあります。
逆に冷凍食品は、普段はあまり食べていなかったのですが、食べてみると意外とおいしく、震災直後に購入した物がなくなった後も、定期的に買って食べたりなんかしています。レトルト食品や缶詰も普段の食生活に取り入れているので、難なくクリアしました。
震災から1年ということで、スーパーで一時期、災害備蓄用のレトルト食品や乾パンなんかが売られていましたが、あれを買い込んでしまったら、また同じ繰り返しですよね。期限が来たら駆け込みで、食べたくないものを処分しなければならなくなってしまいます。
最もいいのは、普段食べているものが備蓄や災害時の調理にも適しているということでしょうね。ちょっと多めに貯蔵しておけば、それで用は足りるわけです。カセットコンロ(あるいはキャンプ、アウトドア用のバーナー)と鍋とペットボトルの水さえあれば、あとは、米はいつもの袋入りの米をそのまま持ち出せばいいわけだし、味噌でも持っていれば、それだけで2、3日、多めにあれば1週間は事足りるわけです。
東日本大震災の検証報道みたいなのでは、あまり、備蓄については細かく触れられませんね。普段、備蓄しておいた食料は果たしてきちんと持ち出せたのか、持ち出せた場合、何が役に立って、役に立たなかったのかを知りたいです。
また、家が全壊したり、室内がめちゃめちゃになった場合、備蓄の意味があるのか? 食料だけは取り出せたのか? 全壊しなくても後から家に戻って食料や生活必需品を取りに戻れたのか? 津波の影響はどうだったのか? などなども興味深いところです。
多分、備蓄していても、災害時には役に立たないことも往々にしてあるだろうし、大して期待していなかったものがとても重宝したなんてこともあるんでしょうね。
一つ言えるのは、無理に普段食べないような乾パンなんかをため込んで、毎年、無理して消費しなくても、日常生活の延長上で考えるのがいいのかなという気がしています。水と米と味噌があればなんとか、しのげるわけで、それ以上余計な物を持っていてもどうなのか? どうせ、地震で家の中がめちゃくちゃになったら、非常用持ち出し袋がどこにおいてあったかなんかどころの話ではなくなるわけで、台所や納戸から最低限の物を取り出せればそれでいいわけです。
備蓄というのは、あくまでも非常時の選択肢を増やすだけのことで、選択肢が生き残るか、あるいは吉と出るか凶と出るかはそのときになってみないと分かりません。必要なのはどうすれば各自にとって平常時に近い状況を維持、あるいは平常心を保てるかでしょうね。