公の意識と絆

さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)
さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)
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  3月中旬くらいまでは東日本大震災から1年ということで、被災地の現状とか、検証とか、さまざまな人間模様とか、いろんな角度、切り口の各種報道があり、本当に辟易させられるくらい、何度も何度も「絆」とか「頑張ろう」という言葉を聞かされました。
  そろそろほとぼりが冷め、これからは急速に関心が薄れていくでしょうから、ここで一度くらい、「絆」について取り上げておこうかと思います。
  震災を伝える、新聞、雑誌記事、テレビ番組、ルポルタージュなどは、本当に星の数ほどあり、薄っぺらで明らかに偽善的な香りのするものから、ちょっと心を打つものまで玉石混交ありますが、時間をかけて対象と向き合い、取材しているものは、非常に心惹かれるものがあります。
  私が興味深く、読んだものの一つは漫画「さんてつ 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録」(新潮社、吉本浩二作、552円)です。津波で路線が寸断され、現在も一部区間が不通の三陸鉄道が震災からわずか5日で運転を再開し、現在も奮闘が続く様子を描いたドキュメンタリーです。
  普段、漫画など、行きつけのラーメン店で少年ジャンプが置いてあるので、こち亀とワンピースその他をぺらぺらと読む程度なのですが、この作品は「日本の漫画ってすごいな」としみじみと思わせました。
  正直、この「さんてつ」は、絵が取り立てて印象的というわけでもなく、キャラクターが立ってるわけでもないのですが、全体にぬくもりが感じられ、丁寧に取材が行われ、事実に基づいた人間ドラマは迫力があり、胸を打つものがあります。
  また、具体的な鉄道の被害を通じて、大津波の威力がリアルに実感でき、あの災害がどのくらい恐ろしいものであったのか、ストレートに伝わってきますし、併せて三陸鉄道の社長、社員や沿線住民の生活がどう変わったか、そして過疎化が進む地域にとっていかに公共交通が大切なものであるかということを教えてくれます。
  小林よしのりさんなんかも震災直後に被災地入りし、漫画に描いていますが、画力、構成力もあり、それなりに迫力があるのですが、自衛隊の広報漫画かと思わせるほど、自衛隊寄りだし、立場は理解しているつもりですが、政治色もただようので、それほどは共感を寄せられませんでした。
  「さんてつ」も三陸鉄道応援漫画なのですが、列車を動かす現場や生活者など、目線が低く、非常に感情移入しやすいです。
  私が一番、心を打たれたのは、駅舎が破壊され、至るところで線路をがれきが覆い、社員全体に絶望的な空気が覆う中、望月正彦社長が「早く列車を走らせるぞ!」と檄を飛ばすシーンです。しかも運賃は1週間無料で。「地元の人が緊急事態で困っている時は金を取るべきではない」「それが、第3セクター、公共交通機関の使命」なのだと。
  原爆投下から3日後に広島では路面電車の運転が再開されました。それがどれだけ壊滅的な打撃を受けて、傷ついた被爆者を勇気づけたことか、さまざまな証言からも明らかです。
  震災後、三陸鉄道の片道運賃500円の切符を往路、復路500枚ずつ、1000枚購入し復興を応援した明治学院大の原武史教授は、三陸鉄道は、非常事態の中、いち早く走る姿を沿線住民に見せることで、地域に「安心」を与えたのだと、早期の運転再開した意義を強調し、「地域を支える鑑」だと英断をたたえておられます。
  JR尼崎線脱線事故以降、100%安全が確認されないと列車の運行は許されないという意識が高まり、JR東日本などは、復旧に慎重な姿勢を取っていますが(首都圏での運転再開も東京都営地下鉄、私鉄と比べ格段に遅れました)、安全を確保しつつも、大災害時により優先すべきことは何か、そして迅速に決断できることの大切さを三陸鉄道は提起した言えるでしょう。
  また、JRなんかだと、復旧に費用がかかり、採算が取れない場合は、そのまま廃線にしてしまうのではないかという懸念があります。合理化、経営効率化の名のもと多くの赤字ローカル線が廃止されましたが、鉄道が消えた地域は、より過疎化が進むという現実もあります。
  「さんてつ」では、震災後の一番列車には、大勢の乗客が詰めかけ、被災者の間には、安どの表情と久しぶりの笑顔が広がり、沿線の人ががれき撤去作業の手を止めて列車に大きく手を振るとともに、高台を見下ろす区間からは、津波が町を破壊し尽くした光景に乗客一同が絶句する様子が描かれています。
  また、鉄道の話とは別に、雪が降る中、学校を卒業したての若い警察官がペットボトルのわずかな水で、津波でヘドロをかぶった犠牲者の遺体を清める作業に一日中従事する話や、地域の民生委員の方が、ボランティアで遺体収容に携わり、一体一体に「頑張ってくれてありがとうね」「寒いけどがまんしてね」と声を掛けるエピソードも紹介されています。思わず涙腺がゆるんでしまいます。
  列車のこない駅舎を毎日掃除する近隣の人たちもいて、一人一人が三陸鉄道と地域を愛し、復興させたいという切実な思いがじわじわと伝わってきます。そういう人たちの思いが「絆」なのではないでしょうか。
  そしてその絆が、地域のことは地域で考える、何とかしたいという「公」の意識につながっています。地域の人の暮らしを支え、人々が災害で傷つき、心細さを抱えている時に、公が一人一人を照らす光となる。三陸鉄道はまさにその役割を担いました。
  津波よりずっと前に、卑しい欧米流の金融資本主義の波が世界を席巻し、地域社会や素朴な人と人との結びつきを破壊しましたが、日本にはまだ、金では買えない、かけがえのないものがかろうじて残っていたということでしょう。
  三陸鉄道の完全復旧には108億円がかかるそうです。地元では「そんな金があれば高速道路をつくれ」という声もあるそうですが、108億円で道路をつくれる距離は知れています。鉄道がなくなった地域が簡単に寂れてしまうのは先述の通りです。それよりも108億円で鉄道を復旧させ、地域の「絆」を再確認できれば、それこそ金には替えられない価値があるのではないでしょうか。
  「さんてつ」は定価552円。これだけの内容の漫画としては、破格の安さと考えていいでしょう。収益は三陸鉄道の復旧に役立てられるのだそうです。
  被災地の人と簡単に「絆」を結べるとは思えませんし、地域のことはその地域の人たちが考えるべきで、よそ者が必要以上に口出しする話ではありません。私たちにできるとしたら、地域の絆を再び復活できるように手助けすることだと思います。私が買った漫画がほんのごくわずかですが役に立てればと願います。偽善的行為なのですが、しないよりもした方が絶対にいい。ご興味のある方は今すぐにでも最寄りの書店に走ってご一読を。