世界経済のけん引役である中国は、成長の中心を沿岸部から内陸部に移し、高い成長率を維持しています。日本の保守勢力や経済評論家の中には何年も前から「中国バブルがはじける」「中国はもう終わった」などと喧伝する人が多く、今年の全人民代表大会では、成長率目標が従来の「保八」(8%台を維持する)から7.5%に引き下げられ、「それ見たことか」という論調が目立ちました。
それでも成長率が7.5%ですよ。単純に考えて、所得が年に7.5%上昇するポテンシャルがあるのです。成長率にゆだねて1万円預ければ10年ちょっとで2倍になって戻ってくるのです。日本は何%成長するでしょうか? ゼロ? マイナス? 預金金利はどのくらい? しかも、米国債を買わされたり、米海兵隊移転のための費用を肩代わりさせられているんですよ? 「中国憎し」が先走ってしまうんでしょうけど、本当に頭の悪い物の見方です。
米国に飼いならされ、搾取され、すっかり去勢されてしまった日本人と対照的に、中国人のバイタリティーはすさまじいものがあります。裸一貫から成り上がったわけですから、怖いものは何もないでしょう。豊かになりたいというモチベーションがもたらすエネルギーは今の日本には想像できないかもしれませんが、ハングリーパワーを侮ってはいけないのです。
ただ、考えなければならないのは、中国沿岸部では確かに成長のモメンタムが失われつつあるということです。これを見て、中国終わった論者の人たちは中国経済の実態をミスリードしてしまったのでしょうし、実際に今後の中国経済を考える上で、懸念されるところではあります。
これまでの中国の経済成長は、欧米主導の経済システムの中で実現されてきました。賃金が安いことを利用して、低付加価値、低技術の商品を安価で大量に生産し、世界中に供給することで、成り立ってきました。沿岸部では賃金の高騰や人手不足が深刻化し、だんだんと割に合わなくなっているということで、急速なスピードで内陸部に生産拠点が移りつつあるというのが現在の状況ですね。
しかも、不動産価格の高騰と急速な収縮は、欧米の金融資本がどうのこうのいう以前に、人間の業のようなものであり、どうにも対処しようのない病理ですね。中国人の投機好きな性格も手伝って、不動産バブルのはじけ方も際立っていました。ただ、現在では下がるところまで下がっていますよね。非常によくコントロールされていると思います。
だから、現在の延長上で推移すれば、内陸部は沿岸部と同様の道をたどるでしょう。しかも物事が進むスピードはどんどん速くなっているので、栄枯盛衰も短い時間スパンで起きることと予想されます。気づいたらあっという間にブームが来て去り、バブルがはじけ、過熱も収まっていることでしょう。
その辺はよく見極める必要がありますね。中国の株式や不動産に投資している人は、ちょっと値上がりしていい気になっていると、あっという間にはしごを外されているといったことになる可能性もあります。
今年は中国では指導部の交代がありますが、日本のように政権交代や首相降ろしを繰り返しても、ボンクラしか出てこない、あるいはどんどん小粒になっていくのとは違って、これまでのところ中国の中枢部は馬鹿ではないし、周りの懸念とは裏腹によくやっていると思います。
だから、無用な心配だとは思いますが、弱点を指摘するならば、まずは所得の格差の問題ですよね。欧米の金融資本主義に引っ張られてここまで来たので、どうしても富める者と貧しいものの格差ができてしまいます。そこが日本の高度成長期の息の長さとは異なる点です。「1億総中流」に象徴されるように経済成長の恩恵が幅広い層に広がらないと、経済発展の勢いは弱まってしまいます。指導部は輸出主導から消費主導にシフトすることを明言していますが、ぜひ加速させてほしいですね。
それと、成熟化が必要です。世界の工場としてものづくりを主体に経済発展を成し遂げたこれまでのパターンは何も目新しいものではなく、日本はじめ、アジアNIEsと呼ばれた国・地域(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEANも同じ道をたどってきました。
金融ばくちと不動産ころがしに明け暮れる欧米と比べると、はるかに健全ですが、従来の“勝ちパターン”が成り立たなくなっているのが問題です。1台あたりのテレビ、BDレコーダーといったAV機器、冷蔵庫、洗濯機など白物家電の製品価格、利益率を考えると、どんどん低下していて、それほど儲かる事業ではなくなりつつあるのです。
しかも生産の効率化が進み、雇われる人が減りつつあるので、その分、経済成長の恩恵が行きわたらなくなりつつなっています。中国では日本や韓国と比べ、付加価値の低い製品を生産しているので、働いても働いても楽になれない「低技術のわな」に陥りつつありますね。
誰でも作れるような安物を生産していても、それほど豊かにはなれないし、欧米や日本でさえ苦戦するのですから、よほど完成度の高いものを作り上げないと、商売にはなれません。今の中国にその実力はあるでしょうか?
多くの人が信頼し、ほしいと思う商品を提供する、ナショナルブランドが少ないというのもこの状況に拍車をかけています。この辺は著作権や特許の保護について、欧米、日本などと対抗する上で政治的、確信犯的にやってきた部分もあるとは思いますが、なおざりにしてきたツケともいえるでしょう。
韓流現象なんかもそうですが、クリエイティブな物に対して、適切な対価が支払われないならば、自由で創造的な活動が委縮してしまいます。韓国では、コンサートに行ったり、映像、音響コンテンツにお金を払うという意識が乏しいので、国内市場が盛り上がらず、仕方なく海外進出せざるを得ないという事情がありますが、中国も同様ですね。というかそもそも付加価値の高い分野、ソフト産業が成立していません。
消費の拡大は至上命題ですが、それと合わせて、消費の中身の成熟化や、意識の変革も必要です。その辺は50年も100年も先を進んでいる日本の方に一日の長があります。日本は電子機器など完成品で、目に見える部分での存在感は薄れつつありますが、工作機械や精密さを必要とする分野、生産管理など見えない部分ではますます不可欠な存在になっています。
ソフト産業でもうまくやれば、日本の自由で個性を重視するスタイルは、よく訓練はされているものの北朝鮮の「喜び組」の延長上みたいな韓流を逆転するポテンシャルは十分あるし、顧客の視点に立ち、きめ細やかな心遣いができるサービス業は絶対マネのできない強力な武器です。
中国は欧米の経済、金融資本システムの従属化させられえるという落とし穴、すなわち低技術のわなから脱するために、発想の転換が必要ですね。それとともに、長らく低迷していた日本は実は新しい可能性に向かっているんだということを認識していれば何も怖くありません。そこが50年、100年と中国の先を進んでいる日本のアドバンテージであり、強さなのです。