強きを助け弱きをくじく

  これも相場の極意(みたいなもの)の一つになるし、世の中のほぼすべてのことにもあてはまるのですが、所詮は、「弱肉強食」だということです。強い者が弱い者を支配し利用する。何を考える上でも、このことを理解しておくのが大切です。
  日本の最大の欠点は、この当たり前のことを、誰もが理解しないし、理解しようともしないので(もちろん外交交渉の当事者や海外特に先進国で仕事をする金融マン、ビジネスマンなんかは現場で身に付けることになりますが)、誤った世界観、歴史観、社会観を形成する元凶になっています。
  このブログでは、普段からしつこく、米国や米国経済について言及していますが、それはトレードをする上でも、私たちの生き方を考える上でも、米国が決して無視できない存在だからです。そしてなぜ無視できないかというと、日本を露骨なまでに支配している強国だし、一応、現時点では世界に君臨している帝国だからです。
  だから、株価にせよ、通貨の価値にせよ米国抜きにして、考えることはできません。いくらつわもののトレーダーだって、吹けば飛ぶような零細な存在であり、米国とその威光を背景にした金融機関に太刀打ちできるわけもなく、みじめな立場であることは、残念ですが、粛々と受け入れなければなりません。
  「俺はどんな強い奴にも服従しない」と強がっていても、弱い者は結局、強い者に支配される運命にあります。強い者に尻尾を振るというのは情けないことだと、日本では考えられているし、世界でもそうでしょうけど、それは強い者が武士道なり紳士道といった、弱者を必要以上に追いつめないという惻隠の情なんかのマナーを身に付けているからであって、露骨に暴力なり権力なり力ずくで支配しようとする相手には勝てません。
  ついこの間までは、日本は経済がうまくいっていたこともあって、弱い者も権利を主張したり、放任されていましたが、経済の不信が長引くようになると、弱者からまず切り捨てられることになります。
  また、米国という国が傾くようになってからは、やたらと弱い国に対して戦争を仕掛けて資源を強奪したり、日本のような国から金を搾取しようとします。強者が生き延びるために弱者を犠牲にするから、そういうことが起きるのです。
  文明から隔離された未開地の地に住む原住民だって、強い者が興味を示さないうちは平和に暮らせますが、未開の地を開発しようということになれば、あっという間に服従させられることになるでしょう。
  ただ、弱い者だってやられっぱなしでいいかというとそうではありません。強い者から何とか自分自身や身の回りの利益を守り、生き延びようとするのは、本来、人間を含めて動物が持っている本能です。
  また、面従腹背で、強い者が弱みをみせたら、そこに付け込んで攻撃し、あわよくば立場を逆転してしまおうという野心も持っていて当然でしょうね。群れを統率できなくなったリーダーの雄ライオンは群れを去り、徐々に衰弱しするか、いじめ殺されるかしかありません。
  帝国に対して、国益を守る人のことを「ナショナリスト」といいます。戦後(戦前もそうですが)、日本の政治家は、いろいろと要求してくる米国に対して、のらりくらりとかわして、経済的な利益を守ろうと行動してきました。弱者がこのような行動をとるのですから、見た目はかっこ悪いし、同胞である国民からも批判されたり嘲笑の的になったりするのですが、泥くさくてもしっかり守るべきものは守る。その信念だけはありました。
  ソ連との冷戦が終わった後の1990年代後半くらいからですかね。大きな的を失った米国は次の照準を日本に定めて、金融機関を叩くことで、経済的に強かった日本をつぶしにかかります。そして、徐々に政財官の結束が崩されていき、米国の介入を拡大させる結果になります。そして、小泉政権の発足、2005年の郵政選挙なんかで決定的になっていきます。
  日本の場合、90年代以降、徹底的にいじめ抜かれたこともあって、去勢された猫のようになってしまい、本来持っていた自己防衛本能を失ってしまいました。せっかく、政権交代して、安易な対米追従をやめようと姿勢を改めたのに、現在のようなありさまです。
  米国は、現在も軍事力が圧倒的で、世界で最も強い国ですが、国力を磨く努力を怠り、金融ばくちと不動産転がしなど楽して稼ごうという安易な方法に頼った結果、経済がずたずたになり、国家破綻状態です。すでに、世界中に展開している軍隊を維持する能力はないのに、今でもいばりくさっています。
  米国が世界を支配する能力に疑問符が付いているのですが、現在のところ、これに取って代わろうという表だった動きはないため、何とか世界帝国として君臨しています。
  まあ、それも時間の問題でしょうね。いずれ矛盾が噴き出し、それに耐えられなくなった時点で、帝国の座から引きずり降ろされ、世界から復讐されることでしょう。
  そんな米国に対して、いまだに尻尾を振るという感覚が理解できません。少なくとも、表面上はそうであっても、したたかに米国を蹴落としたり、リベンジしたりする機会をうかがうくらいでないといけません。強い者が強さを失った時点で、それは死を意味するのです。死んでる奴にまで媚びへつらってどうするのか。
  今後、より慎重にウォッチすべきなのは、米国亡き後、存在感が確実に増す中国やロシアの動向ですね。これらの国を無視して、さまざまな事は回らなくなるはずです。
  米国の虎の威を借りているだけなのに、中国やロシアをけなして優越感を持とうとしたって無意味なことです。ロシアにせよ、中国にせよ、すでに日本の国力、政治力を上回っており、普通に組み合って、倒せる相手ではないということを頭に入れておく必要があるでしょう。
  もし、それでも日本が中国より立場が上であると主張するのであれば、群れの中でボスを決めるための争いがあるのと同様、中国と一戦交える必要があるかもしれません。それは回避すべきであることは自明です。
  逆に韓国のような明らかに格下の国になめられるようなことがあってもいけないんです。どう考えても、総合的に日本が優位です。財政破綻状態で、通貨の信用力もなく、吹けば飛ぶような国なのです。今までは過去の歴史的経緯もあり、下手に出ていましたが、金融、経済面でいつでも締め上げれるわけで、序列を決するために、ガツンと行動を起こすべき時には起こすべきでしょうね。
  良くも悪くも米国のおかげでこうなったわけですが、米国がいなくなれば、新しい力関係が決まるまで、諸外国と摩擦が起こるのは必至でしょう。世界のあちこちで序列争いが起きるでしょうね。筋を通すべき時もあるにはあるのですが、力関係という冷酷な現実を前に、果たして貫き通せるのか? 柔軟に(器用に)立ち回ることも求められます。