書評 為替占領

為替占領 もうひとつの8.15 変動相場制に仕掛らけれたシステム
為替占領 もうひとつの8.15 変動相場制に仕掛らけれたシステム
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  この8月15日は1941年のニクソン・ショックから40年で、米国債の大量償還、借り換えが発生することから、市場関係者の間では、8月2日の米国の債務上限引き上げリミットと合わせて、“Xデー”とささやかれていました。結局、どういうトリックを使ったのかは知る由もありませんが、一応、平和な取引が行われているので、何とか乗り切ったようです。
  まさに絶妙のタイミングで出版されたのが、岩本沙弓著「為替占領」(ヒカルランド、1600円)です。著者は元外為ディーラー。この本は、先日紹介した吉川元忠著(故人)の「マネー敗戦」を踏まえつつ、昨今の金融市場の情勢から米国のデフォルトについて警鐘を鳴らしています。
  日本人が汗水たらして働き、せっせと積み上げた貿易黒字が結局、ドル安によって目減りし、実質的に米国の借金棒引きにつながり、日本全体が貧しくなるという事実を広く世に知らしめた、マネー敗戦ほどのインパクトは、はっきり言ってありません。
  吉川氏の著書は、それまでほとんどと言って語られてこなかった、為替制度の陰部をあぶり出し、それに追随していろんな書物がたくさん出されています。余談ですが、吉川氏はマネー敗戦と関連の書籍を相次いで出した直後から、いやがらせを受け、亡くなった理由にも不審な点があると指摘されています。陰謀論的で、真偽のほどは定かでないですが、米国やそれに追従する日本の当局にとって都合の悪い書物であったことは想像に難くありません。
  岩本氏の為替占領は、為替取引の現場を知っている人でしか書けない真実がちりばめられています。特に生々しいのは、本書からは時期はちょっとしづらく、2000年初頭だと推測されるのですが、筆者が顧客向けに「長期的に1ドル=50円台もありえるのではないか」というレポートを出したところ、間接的にそれを聞きつけた日銀がそれを送ってほしいと依頼。その後、筆者の務める(外資系?)中堅銀行に大量の為替介入(とみられる)注文が入った、というくだりです。
  筆者は「1ドル=50円台になるなど触れ回るな、と当局から釘を刺されたような気分になったのも事実だ」と告白しています。為替介入行に指定されるには高いハードルがありますが、最優良の顧客を持つことになるし、自己売買部門によるドルの提灯買いで、さらに大きな利益が得られるという大変なメリットがあります。その辺りは、普段相場にかかわっていると、素人の我々でも想像がつきますが、現場を知る人から実際にそういう話を聞くと、「やっぱりそうだったのか」と、改めて驚かされます。
  ただ、世界情勢やマクロ経済に関する岩本氏の分析は、やや大雑把で読みづらく、特に米国がデフォルトするという点について、どういうシナリオでそうなるのか、説得力不足です。総合的に物事を分析し、理解するのはやはり難しいということでしょう。その辺は、為替ディーラーよりもむしろ、債券ディーラーの範疇なのでしょう。
  1600円という価格は、やや割高感がありますが、なかなかうかがい知ることのできない、為替ディーリングの現場の話を聞けると思えば、価値はあると思いますし、映画1回分の値打ちは確実にあると思います。