泥臭さ

  公共事業は「悪」というレッテルが貼られ、世間一般のイメージは良くありませんが、手っ取り早く、景気を良くするには、土木工事をするのがベスト。東日本大震災が見事に証明してくれました。テレビやなんかでも最近よく取り上げられるようになりましたが、仙台の繁華街はバブル期のような好景気に沸いているようです。
  また、日本では、「国土の均衡ある発展」が国是のように言われてきましたが、もちろん都市部への集中、過疎などの問題を抱えてはいるものの、日本は比較的、格差の少ない社会を実現してきました。公共事業の果たした役割は大きいでしょう。
  小泉政権以降、公共事業に対する風当たりが厳しくなり、予算も大幅にカットされたため、地方の疲弊が激しくなっていますが、それでも日本の地方は諸外国と比べると余裕があり、自助努力で活性化しようという動きも活発で、地方の力は侮れないものがあります。それも、長年、公共事業によって所得の再分配がされ、地方にもお金が回り、蓄積してきたものがあったからこそでしょう。
  日本に限らず、どこの国も国民に広く富が行きわたるようにするには、どうすればいいのかは課題です。国土のどこを掘れっても石油が出るみたいな状況であれば別ですが、自動車、ハイテクなど稼ぎ頭の産業があったとしても、すべての国民を養っていくのは至難です。
  普通に衣食住を満たすだけの経済活動をしていても、なかなか豊かにはなれないのです。だから、欧米では、定期的に外国に戦争を仕掛け、軍需産業をけん引役に経済を活性化させたり、他国の資源や権益を奪い取って自分のものにすることで、経済を下支えしてきました。世界恐慌から世界経済が立ち直ったのは、第2次世界大戦で、派手にドンパチをやって、街という街を破壊しつくした後に、再建したのが大きいですね。
  それは極端にしても、米国は戦争経済をすることによって、景気を浮揚させ、なんとかここまでやってきました。欧州もすました顔をしていますが、米国ほど露骨でないにしても、米国に追従したり、海外でちょこちょこといろんなちょっかいをかけて、せこく利益を得ています。
  日本も戦後、急速に復興したのは、朝鮮戦争やベトナム戦争による特需が大きいですが、一応、「平和主義国家」なので、積極的に戦争に参加することはできません。代わりに公共事業に活路を見出すようになりました。中国も日本のモデルをよく研究していますね。
  海外で人を殺したり、資源を奪ったりするより、公共工事をした方が誰も傷つけないし、多くの人の役にも立つではありませんか。しかも、広範囲に恩恵を与えることができます。国民の所得を底上げするには賢いやり方なのです。一部の利権屋が暴利をむさぼる欧米のやり方より、民主的でもあります。
  ただ、公共事業批判にも一定の理があります。東海道新幹線とか東名、名神高速道路といった、経済効果の高い、筋のいい事業が少なくなる一方、効率の悪い事業にも乗り出さざるを得なくなりました。それに、右肩上がりの時代が続いてコスト感覚が失われ、分不相応で不必要な役所の庁舎、ホールの類や、国道と並行する農道、林道、必要とされないダムなんかもつくられるようになったのです。
  産業を育成したり、企業や優秀な人材を誘致するという観点も欠けていましたね。空港や港湾に戦略性もなく金がつぎ込まれ、韓国や中国など近隣の国との競争に敗れるという事態も起きました。
  小泉政権が発足した当初、何も知らなかった私は、こうした状況が是正され、効率よく公共事業が再編されるものと期待して、「改革」を支持したこともあります。多くの有権者も同じような思いを持っていたのではないでしょうか? ただ、その先に待っていたものは米国への国富の献上でした。
  公共工事の経済効果は大きいですが、従来の延長上ではなく、時代やニーズに合った、戦略的なインフラ整備が求められるでしょう。やるべきことはまだまだたくさんあるはずです。リニア新幹線なんか、さっさとつくってしまえばいいのです。完成が遅くなることによる経済的損失の方が大きいです。震災に備えて、人の移動や物流を円滑にするための最低限の道路網もまだまだ必要です。
  そして現実問題として、これからも地方を食わせていかなければなりません。なりふりかまわず泥臭く公共事業を続けていかなければならないのです。それには、米国に搾取される金を減らして、国内に資金を還流しなくてはいけません。そのために米国と交渉する政治家の覚悟も必要です。
  お金にまつわることでもあるので、公共事業がらみの話というのはどうしてもドロドロとしてしまうし、実際に事件が起きたりもします。それが不要な誤解を招く元凶でもあるのですが、国民の生活がかかった、まさに生命線でもあるのです。
  人間が生きていくというのはきれいごとだけではありません。むしろ泥臭さが付きまといます。華やかな産業がある一方で、それだけでは仕事や雇用を提供するには不十分で、公共事業に頼って暮らしていかなければならないという事情もあるのです。そこもきちんと理解しておく必要がありますね。