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鎖国のすすめ

  強い者が弱い者を従える。これは自然の法則です。国際間の関係ではこれがさらに露骨な形で表れます。弱い立場にいる人間はいかに強い奴と適度な距離感をとってうまく立ち回るか考えなければならないのです。
  かねてしつこく指摘していますが、日本人はこの単純な事実を理解していません。だから一方的に搾り取られるだけの日米関係が構築されてしまうのです。常に面従腹背、強い奴の目をごまかして、いかに自らの身を守り、ささやかでも栄えていけるかということを念頭に置かなければなりません。
  私は、とにかく今は近い将来あるであろう米国の国家破綻を見据え、とにかく米国との関係清算を最優先すべきだと考えます。そして、その後に中国が台頭するのは自明の理だし、中国と無用の摩擦を引き起こすのは得策ではないので、やや現時点では中国寄りのスタンスを取っています。国際情勢をよく理解していない人があまりにも多いので、あえて強く主張することで、目を覚まさせ、先入観を取り除くのが目的でもあります。
  ただ、多くの人が感じている通り、中国に対する警戒も怠るべきではないでしょうね。中国の言うがままにこちらが応じるだけでは、まさに米国との関係の二の舞になってしまいます。現在、多くに人が考えているほど、日中関係は険悪ではありませんが、中国が米国を追い抜いた時点で、中国が日本に対して好意的な態度をとるかどうかというのは未知数の部分が多いです。
  中国が手ごわいのは、じっくり時間をかけて攻めてくることです。正面切ってこちらが嫌がることはしなくても、じわりじわり締め上げて、結局は中国のペースに乗せられるというのは多々あるし、今後もそうなるでしょう。単純な頭脳の米国と違って、中国はしたたかで賢いです。だから、よほど心して対峙しないと、巨大な渦に巻き込まれてしまうでしょうね。
  昨年、韓国の領海で、中国漁船が韓国の海洋警察を襲い、海洋警察官が殺害されるという事件がありましたが、中国は韓国など属国としか見なしていないことが改めて明らかになりました。一般の漁船が艦隊のように船団を組み、韓国の官憲を襲ったわけです。尖閣の事件の比ではないですね。中国は国家中枢だけでなく漁民でさえ韓国、朝鮮人などまったく歯牙にさえかけず、朝鮮半島では傍若無人なふるまいをするのです。韓半島に対する見下した態度は露骨です。
  その一方で韓国がバカなのは中国から圧力を受けている中で、わざわざ日本と敵対するという。まあ、あの国は10年後は北朝鮮に併呑される形で、消滅していることでしょう。
  中国は日本に対しては、畏怖を抱いている面もあり、韓国に対するような行動はとっていません。コンプレックスもあります。それに世の中でいわれるほど日中関係も悪くないので、なかなか真意が見えませんが、思惑を読み解く努力は常にし続けなければならないでしょうね。
  とにかく、普通の国は、世界帝国と対峙するには、かなりの注意深さが必要なのです。強大な一方で、常に政変があり不安定だった中国と適度な距離をとるため、先人が考え出したのは、「鎖国」というアイデアです。
  鎖国というと江戸時代のイメージが強いですが、天智天皇が日本の国のかたちをほぼ固め、中国の影響下から脱して独自の道を踏み出した時から、日本は中国に対して、国を閉ざしました。もちろん朝貢貿易などもあったわけですが、中国の影響を極力排し、日本列島だけで「小中華帝国」をつくり上げたのです。
  だから中国の属国(領土の一部として)卑屈で屈辱的な歴史をたどらざるを得なかった韓半島の人たちとは違い、日本は一応、政治や経済、文化で中国の影響を受けつつも、それらを自分なりにうまくこなして吸収したうえで、独自の国柄を築いたのです。
  交通、通信手段が発達した今、かつてのような形で鎖国することはおそらく不可能でしょう。また、ある程度は中国と付き合わないと、世界の趨勢から取り残されることにもなりかねません。だけど日本の国柄を守るべく、巧妙に壁をはりめぐらせることは大切でしょうね。
  人、モノ、カネが国境などものともせずに簡単に行き来できる時代だからこそ、自分たちの国は自分たちが守り、住みやすい環境をつくらなければなりません。
  その点で、海に囲まれているというのは、陸続きの韓半島と比べると有利でしょうね。どれだけ交通手段が発達しても、地理的に中国の影響が、海を越えて押し寄せるのは難しいでしょう。必ずどこかで弱まるはずです。
  逆に韓国なんかがやたらと自分たちの言語に固執し、夜郎自大ともいえる尊大さで自国文化を誇るのは、常に中国に呑み込まれるという危機感を感じているということがあります。強がるのは臆病の裏返しですね。そして日本人の危機感が薄いのもそこに原因があります。
  意識するとしないとにかかわらず、そこかしこに米国の影響を受けていますが、いずれ徐々に中国が取って代わるでしょう。米国は何千キロも離れた場所にありましたが、中国は目と鼻の先にあり、人の行き来は米国と比べるとはるかに多いです。元々中国とは文化的にも近いこともあって、中国の影響力というのは、米国に比ではないと思います。そんな中で、いかに日本人がうまく立ち回り、栄えていけるか、上手に鎖国するのが一つのアイデアと思いますが、どうでしょうかね。

2月7日のポイント

  遅ればせながら、とにかくギリシャ問題です。暴落、急騰どっちもありです。動くまで待ちましょう。

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きれいごと

  東京電力福島第1原発事故後の放射性物質に関しての私の見解は、以前にも示しましたが、原発から半径3キロとか5キロとか極端に近い場所以外は、安全だと考えていいと思います。
  局所的に放射性物質が集まり、放射線が強い場所もありますが、世田谷かどこかの民家でラジウムが敷地内に放置されていて、長年にわたって周辺を大きく上回る放射線を浴びていて、全然健康に異常がなかったというケースもありましたし、宇宙飛行士の古川聡さんは5カ月以上宇宙にいて100~150ミリシーベルトの放射線を浴びていると推計されていますが、福島原発の後始末の作業員だってそんな高線量はめったに浴びません。古川さんはがんになる可能性が極端に高くなるのでしょうか?
  原発事故が起こってはいけない環境では、どんなわずかな兆候でも見逃してはいけないので、極めて厳格な放射線管理が行われていましたが、すでに事故は起きてしまったのです。で、この先、セシウムの半減期とされる30年先まで放射性物質と付き合っていかなければなりません。
  科学的な知見では、年間100ミリシーベルト放射線を浴びたとしても、ほんのわずかにがんの発生率が高まるだけだと現時点では考えられています。中には化学物質過敏症と同様、放射性物質に極端に弱い人がいて、わずかな放射性物質が害になる人もいます。でもそれはごくわずかで、本当に申し訳ないですが、「お気の毒」というしかないし、そういう人にはしっかり賠償すべきだと思います。
  ただ、ほとんどの人は宇宙飛行士の古川さん同様、平常時の規制値の100倍くらいの放射線を浴びたって、ほとんど影響はないのです。というより、人間はそれほどやわではないということです。
  これも一種の潔癖症なんでしょうね。日本人特有の「穢れ」に対する考え方なんかも影響しているのでしょう。漫画家の小林よしのりさんが、脱原発に舵を切ったのはうなずけます。
  もちろん、放射性物質が一般に考えられているほど害がないというのと、事故を起こした責任、今後の原発行政のあり方をどうするかという問題は別物です。やはり、事故で多くの人を危険にさらし、避難指示などで過大な負担をかけ、発電所の停止で経済にパニックをもたらした東電の責任は重いし、どんどん刑事告発して、逮捕して、損害賠償請求して、償わせるべきです。
  徹底的に責任追及した上で、原発をどうするか考えるべきでしょうね。あらためて分かったのは私たちの生活は電気なしでは成り立たないし、電力の安定供給は国際競争力に直結する問題でもあります。また、廃棄物処理の問題などはあるにせよ、原油、天然ガス、石炭の供給に支障をきたした場合のヘッジとして、やはりなくてはならないでしょう。
  理想としては100%安全で、クリーンであればいいわけですが、そんなものはありえません。日本の火力発電所のエネルギー効率は世界一で、低公害ですが、それでも汚染物質は出るのです。そして多くの人が忌み嫌う二酸化炭素も。
  狭いスペースで大きな出力が得られ、しかも安定して稼働できる原子力を続けるのもそれなりの理があってのことなのです。また、人間というのは危険なものと共存し、ぎりぎりのところで生きていく宿命にあるのです。それが文明というものです。
  自動車だって火炎瓶の上に乗っているようなものだし(実際に事故を起こすと火災の危険性がある)、飛行機だってわずかな確率ではありますが事故が起きます。震災の時に自動停止した新幹線だって結果オーライでしたが、橋脚が落ちたり、地震の揺れ方によっては激しく脱線し、大惨事になっていた可能性は否定できません。
  自分の身の回りをみても、確率は極めて低く抑えられていますが、予期せぬ事態が起きて、暴走したら、危ないものは少なくありません。
  だからどこかで折り合っていかなければならないのです。「絶対大丈夫」なんてものはありえないわけで、必要以上に「ゼロ」を求めるのは、きれいごとが過ぎるし、ある意味危険な考え方です。行き過ぎた潔癖症の人と同じですよね。
  最近は放射性物質が混じった砕石を使用したコンクリートでつくられたマンションなんかで比較的高い放射線量が検出されて大騒ぎしています。また賠償みたいな話になっていますが、もうやめませんかね、いいかげんに。
  住んでいる人は気分が悪いでしょうけど、「健康に悪影響なない」としているのなら、そこで済むしかないのではないでしょうか。原発周辺から逃げた人が住んでいるケースが多いようですが、そもそもさっさと可能な限り、避難解除して、帰宅させれば何の問題もなかったわけですし、実際に帰宅したら、そのくらいの放射線は浴びるのだから、別に何の問題もないのです。
  きれいごとに縛られて本当に馬鹿なことになっています。しかも政権が政権だけに、大人の判断ができないし、うまく、不安を抑えたり、目をそらすこともできない。きれいごと引っ込めれば、うまく行くことは多いでしょうね。
  今回の原発事故で思わぬ副産物というか、各地で争われている原爆訴訟だって怪しくなってきましたよね。爆心地付近で瞬間的に強い放射線を浴びた人が健康を害したというのは分かりますが、どうも爆心地から近い場所なんだけれども、健康を害すほどの放射性物質を浴びたのか疑問を持たざるを得ない原告もいるわけです。何より原爆投下から今年で67年。これだけ長い間生きたのなら、御の字ではないのでしょうか? 普通の人生ですよね。低線量被ばく云々とか反論はあるのでしょうけれども。
  みんな漠然と原爆を受けた人がかわいそうだとか、放射能は怖いとか、信じ込まされていたので、「被爆者かわいそう」みたいな意識を過剰に持ってしまい、シンパシーが広がったわけですが、結局は過剰だったというか、きれいごとが過ぎたわけです。
  やはり、是々非々でやらないと、いちいち賠償にまともに賠償に応じていたら、国家財政が破綻します。B型肝炎訴訟なんかも、そのあたり、因果関係をきちんと精査しないで、きれいごとばかりで適当な政治決着をしてしまうと、国民は過大な負担を背負うことになってしまいます。
  人権だとか労働者の権利だとかいうのも、大体において、きれいごとが過ぎてしまい、おかしな状況がヘドロのように積み重なってしまっています。今までは日本は豊かな国だったので、ある程度、エゴやわがままも許されたのでしょうが、これからは、きちんと払うべきものは払う、拒絶するものは拒絶するで、きちんと峻別しないといけないのです。
  でないと、公金や人の善意に必要以上にむらがる、ダメ人間が増殖し、いつか悪貨が良貨を駆逐してしまいます。正直者が馬鹿をみたり、まともな勤労意欲を持った人が、やる気を失うことになりかねません。きれいごと、くそくらえです。

新グローバリゼーション論

  リーマン・ショックや、欧米発の金融不安で、現在の世界システム、グローバリゼーションに対して、懐疑的な見方が世界中を覆っています。米国でリバータリアニズムが存在感を示したり、ウォール街占拠運動が広がったり、昨年、イスラム諸国で民主化運動が起きたのも、根っこにはそうした動きがあるとみていいでしょうね。完全に欧米、イスラエルによって変質化させられてしまいましたけど。
  今後、金融恐慌に本格的に突入し、欧米が相次いで国家破綻すれば、さらに、現在のシステムに対する反省や、反動的な動きが活発化することと思います。そして、やはり自らの足元をしっかり見つめなおそうと、地域化、ブロック化の動きが強まるのではないでしょうか。
  日本では、国全体が貧しく、国内需要が弱い韓国なんかとは違って、平均的に所得が高く、国じゅうが豊かだったので、アンチ・グローバリゼーションというよりは(もちろんそういう側面がまったくないとはいえないですが)、国内の所得格差を是正する目的で、地域志向、内発的な、悪い言葉でいうならば内向きな動きがかなり早い段階から活発化しました。
  「町おこし」「村おこし」なんてずっと前から各地で行われてきましたし、最近の「ご当地~」なんかもその流れですね。「B-1グランプリ」というのも、地域おこしの動きがさらに、進化、成熟した形だと思います。こうした努力の甲斐あって、日本の内需というのは、一般に考えられている以上にかなり強いです。
  米国が国内消費主導の経済といっても、マクドナルドやピザハットで飯を食い、ウォルマートで買い物をするという、地域にカネが落ちない、一部の大企業、巨大資本に搾取されるシステムに支配されているのに、脆弱なことこの上ありません。
  そもそも、日本は生まれた土地に執着が強い農耕型であるのに対し、やはり彼らは狩猟型ですよね。一つの土地にはあまりとどまらないず、仕事や人、金が集まる場所に移動してしまうので(もちろん土地にとどまる人も米国には少なからずいるのですが、全体としてはそういう傾向です)、長期的視点でその土地を良くしようというモティベーションはどうしても薄れますね。
  サブプライムローンのバブルがはじけて、全米各地の住宅街がゴーストタウンのようになっているのは、単に家を差し押さえられただけでなく、そうした事情も一つの要因になっていると考えられます。でなければもっとその土地にしがみついて何とかしようと思う人は多いはずです。
  結局、グローバリゼーションだ何だと、かっこいいことを言っても、足元の経済がしっかりしていないと、変調を起こした時に、巨大な渦に巻き込まれて、沈没してしまうわけで、まずは、身の回りをしっかり固めようということで、地域を大切にしようという動きは当然だと思います。
  消費地で物をつくるというのが最も分かりやすい動きだと思いますが、地元の雇用や税収に貢献するし、何より、身近で物を作ることで、作り手の顔が見えやすいというメリットがありますね。特に食に関する分野はそれが望ましいと思います。
  ただ、その一方で、人々とより広く、密にコミュニケーションをする手段が、ますます発展、充実していくので、優れた情報を共有するという面では、グローバリゼーションはもっともっと進むと思われます。
  ファッションとか文化とかは、誰もが関心を持つ分野なので、今後、もっともっと、情報が広く、迅速に伝わるようになるでしょう。
  この分野では、現在のところ韓国が先行していて、非常に強いですね。音楽やドラマなど韓流を積極的に売り込んでいて、賛否はありますが、アジアじゅうを席巻しつつあります。
  ハイテク(と言われる)分野も、そういう傾向があります。アップルのスマートフォン「iPhone」は新製品が世界の注目の的だし、発売日には世界中のショップで行列ができます。ソニーや任天堂のゲーム機なんかも関心がたかいでしょうし、日本のメーカーは完全に衰退してしまいましたが、テレビなんかも今後は、ネットワーク機能を充実させて、サムスン電子やLG電子がイメージ戦略なんかを積極的に行って、テレビの新製品がすぐに世界同時発売されるみたいな体制がそのうちできるでしょう。
  要は、世界の各地で同時に、ブームが起こるということですね。日本はハイテク分野では完全に後れを取り、もはや太刀打ちできないところまで来ていますが、ソフト面では攻勢の余地は大きそうです。若者のファッションなんか、アピール力があるし、アキバ文化みたいなのも根強いファンが世界にいますよね。食文化もまだまだ知られていないものでブレイクするポテンシャルのあるものは多そうです。
  原点回帰というか、基本的なものは地元で賄おうという動きがある一方で、地域では発信したり、作ったりできない、先端的な分野に関しては、グローバル化が進み、しかも、世界同時で流行が起きる、シンクロ化がますます進むことになると思います。
  そういう観点から、本当にグローバルに強い企業はどこなのか。興味深く見ていきたいですね。米国のような誤ったグローバル化(金融支配、農業支配)の押し付けでなく、本当に人々が自発的にほしいものを取り入れる(ある意味大がかりな洗脳の部分はあるのですが)、しかも同時発生的にブームが起きる、新しい形のグローバル化に注目したいと思います。株の銘柄選びでもそういう視点は重要になるのではないでしょうか。

板の意味

  相場状況は常に変化します。3カ月前、6カ月前、1年前に通用していたことが、現在通用するとは限りません。もし金融市場と長期にわたって付き合いたいと思うならば、日々、相場の細かい値動きを研究し、そこから動きを読み解いていく必要があります。
  とは言うものの、多くの人がうんざりしていると思いますが、この頃は、日中の値幅が40円、50円ということもざらで、1日に100円も動けば大判振る舞いです。リーマン・ショック前までは大手の先物トレーダーのノルマが1日100円幅という噂もあったくらいで、そのノルマに合わせて、1日200円とか300円とかのゆったりとした値幅で動いていました。
  さすがに1日数十円の値幅だと、チャート分析は苦しいですね。もちろん日足、週足、月足と中長期のスパンで分析するならば、なんとなく見えてきますが、思い通りの方向に動くには時間がかかり、逆を突かれると読みを誤ったような感覚を植えつけられるので、たちが悪いです。
  先物だけでなく、ドル、ユーロ相場もこのまま放置したら暴落しかないのですが、政策対応で暴落をけん制するものの、資金不足から買いあがる動きは乏しく、レンジ相場で横ばいの時間帯が長いので、なかなか、先の動きを読むのは難しくなっているのですが、最近の相場を見ていて、特徴的なのが板の枚数の大きさです。
  先物市場に流入する資金はリーマン前と比べると、格段に細っているのですが、板だけは売り板、買い板ともに1000枚を超え、値動きに乏しい中、馬鹿にしたような感じがします。
  リーマン前は板は多くてせいぜい300~500枚で、たまに700枚とか800枚の板が一瞬出てくると、仕掛けの合図になっていました。実に素朴で、一部の人たちの談合、価格操作が見えやすい状況でした。
  最近も価格操作は行われているのですが、手口が変わっています。ただ、よくよく分析すると、今のしょぼい相場状況を反映して、本当にせこいことをやっています。
  結論から言うと、1000枚板をずらりと並べる理由は、「売り仕掛け、買い仕掛けを防ぐ」「値動きをコントロールする」ということにあるでしょうね。
  日々の大手金融機関の手口を見ると、ほとんどの社は2000~3000枚、多くて5000~6000枚です。リーマン前は1万枚を超える取引をする金融機関が数社ありました。
  1000枚板を置いておけば、仮に1万枚の仕掛けをしても(あり得ないことですが1万枚の成り行き売買をしても)、せいぜい100円程度しか動かすことができません。リーマン前なら大きな売買がきっかけになって、提灯を付ける筋もあったので、200~300円動いたこともありました。
  要は、必要以上に動かれては困るということです。買い仕掛ける分にはいいのでしょうけれど、売られたら、パニック売りを巻き込むので、収拾がつかなくなります。
  昨年3月11日の東日本大震災直後に、日経先物は7800円まで下げましたが、まさに典型的なパニック売りでしたね。先物だけが突出して下げましたが、現物の日経平均株価指数の方はついていけずに300円くらい上で推移していました。絶好の買い場だったわけですが、先物取引から遠ざかっていたし、どこまで下げるかわからず、気味が悪いので触れませんでしたけど。
  とにかく、派手に動き回られると、大手金融機関も手持ち資金が限られているので、手が付けられなくなってしまうということです。リーマン前までは、相場操縦しつつも、ガチで売買して値動きを修正できたのですが、今ではそんなことをする余裕がなくなってしまいました。
  4桁の板が当たり前になり、見た目だけは豪勢なのですが、実にしょぼい理由で、1000枚板を置いているということです。
  板が大き過ぎて、読みづらい面もあるのですが、基本的には、しつこく買われるなら上昇、売られるなら下落とシンプルに考えていいと思います。一時的に下がったとしても、ある価格帯でしつこく買われていればいずれは上昇するし、逆も同様です。
  日中の値幅が小さいので、なかなか細かい値動きや売買動向には目が行き届かないし、べったり相場に張り付いていると、ストレスがたまり、目にもよくないのですが、イベント前などは特に細かい動きをウォッチしておいた方がいいかもしれません。
  私自身、思い通りに値が動いてくれず、年初来、テンション、モチベーションともに下がりまくりで、分析がおろそかになっているのですが、あらためて気を引き締めていきましょう。