共通の価値観を

  いつ、どういうきっかけでそうなるかは見通せませんが、欧米が没落し、代わりに中国がプレゼンスを増し、世界の中心となることは間違いないでしょう。英国、米国が覇権を握った時代と比べると、中国の世界帝国としての力は弱いし、「遅れて誕生した大国」である歴史は消し去ることはできないので、欧米や日本のような、“かつての”先進国、あるいは韓国あたりなんかも、中国をみくびっている部分があるので、覇権をふりかざしても、簡単にはなびかないこともあるでしょう。
  とはいえ、偉そうにいばりくさり、勝手なルールで世界を動かしていた欧米人が力を失うわけですから、相対的に欧米以外では最も抜きんでた中国が台頭するのは必然であり、その中国が動かなければ、世界は回らないでしょうから、弱かろうと見くびられようと世界の中心は中心なのです。
  モンゴル帝国が衰退して以来、久しぶりに中国の時代がくるわけですが、覇権を握ったとして、どういうふうに世界を動かしていくのか、ビジョンは全く見えません。というよりは中国という国自体が、まだ“国のかたち”を確立し切れていませんね。
  中国の故事で、私の印象に残っているものの一つに十八史略の「鼓腹撃壌」があります。直訳すれば腹鼓を打って、地面を踏み鳴らし、太平の世の中を謳歌するという意味で、為政者に対して、民衆に幅広く恩恵をもたらすような政治を行うべきですよと戒めるものです。
  中国では善政とは、すみずみまで衣食住が行きわたることだと考えられており、中国文明の影響を受けた日本でも、古くから天皇が民の竈の煙が立つ様子を観察したとあるように、民衆の生活を第一にすべきだと考えられてきました。
  ただ、歴史的にみて、実際に中国で、どこまでその善政が実践されたかは疑問ですし、つい最近までの中国を考えると、全体的に貧しく、にもかかわらず、富、権力が偏在し、非常にいびつで、醜い状況があったわけですが、善政とはこういうものだという古くからの価値基準がある分、それを追求する民衆の思いというのは強いでしょうね。
  まじめで、比較的清廉潔白な現在の胡錦濤政権が掲げる「和諧」とは、こういうものに通じると考えられます。もちろん、繰り返しますが、経済的に裕福にはなったものの、いまなお、いろんな矛盾があるのですが。
  こういう価値観を中国の人が重んじるのであれば、日本や、周辺の国は中国とうまくやっていけるのではないかと思っています。
  世の中きれいごとだけでは済まないので、東シナ海や南シナ海、韓国近海で起きているような、領土や領海、資源権益をめぐって小競り合いのようなことは今後も起きるし、そのたびに、お互いの感情が刺激されることもあるでしょう。
  バブル期の日本人がそうだったように、経済的に強くなると、自信過剰になるので、各地で金の力を振りかざして傍若無人な振る舞いを行い、反感を買うことも少なくありません。それは中国人に限らず、人間の業のようなものですよね。
  ただ、アジアの歴史は長く、歴史によって培われてきた、いろんな知恵はあるわけです。そういう知恵を再発掘し、お互いに共有していける方向にするのは大事ですね。
  日本は明治維新以降、欧米の政治経済システムを取り入れ、第2次世界大戦で敗戦してからは完全に米国の軍門に下り、どんどん価値観を押し付けられてきたわけですが、その結果、何が残ったでしょうか? 何かいいことがあったでしょうか?
  結局、グローバル・スタンダードという得体のしれない言葉に基に、米国に隷属させられ、搾取されただけだし、日本が正論を主張して、率先して国際ルールづくりのためにリーダーシップを発揮しようとしても、黙殺されたり、つぶされたりしました。欧州も含めて、人種差別意識が根強く、自分たちの核心的な利益に触れる場面では、醜い本性があらわになるのです。
  結局、脱亜入欧で、日本は欧米に近づいたわけなのですが、欧米と価値観を共有できず、一方的に不利な条件を押し付けられただけだったのです。
  そもそも、欧米の価値観ってそんなに優れていますかね。というか、そもそも、私たちにとって、その価値観は分かりにくいです。要は、「神との契約」に基づいて、一人一人が勝手に権利を主張し、利害がぶつかる場面では力関係がものを言うというただそれだけのことではないでしょうか。
  民主主義という素晴らしい(と思い込まされている)システムも、結局はゆがめられ、強い人間や権力をもつ物が好き勝手にできるルールに変わり果てています。
  それで欧米の人たちが幸せかというとそうでもなく、このところ、強いものが弱いものから搾取、略奪するという傾向がますます強まって、下々の人たちは、もはやついて行けなくなっています。
  そういう意味で、もはや欧米からは何も学ぶべきことはなく、むしろ反面教師ですよね。欧米の価値観というのは野蛮で害毒ではありません。
  中国の為政者が最も心を配るのは、民衆を飢えさせることです。多くの人が困窮し、暴動が起き、政治、経済、社会が不安定化するのを最も恐れています。だから、末端にまで、最低限の衣食住を保障しようという発想が根底にはあるのです。
  残念ながら、実践はできたとはいえず、だからこそ、日本は天智天皇の時代に政治、経済、社会が常に混乱している中国から独立し、自立することを選び、今日に至ります。だから今でも、中国に対する対抗意識というか、自立を求める意識が強く、ともすれば偏狭なナショナリズムになってしまうのです。
  いろいろと問題はあるのですが、民衆を幸せにしたいという発想が根底にあるという点では、欧米とは大きく違いますね。
  欧米は一部の利権集団が自らの利益をむさぼるためだけの存在になっていますが、中国には、貧富の差を是正し、社会を安定させようという発想があり、そこは私たちにとって歓迎すべき点だし、日本が貢献できることは多いでしょう。
  尖閣諸島の購入など、わざわざ寝た子を起こしてまで、今、優先順位の低い問題をつついてどうしようというのか? 気持ちは分からなくはないですが、政治、経済、軍事で、日本など足元にも及ばないのに、まともに対峙して勝算はあるんでしょうかね? 領土問題でまともにやり合ったら、最後は国力がものを言うでしょうから、日本は負けるでしょうね。
  むしろ、中国をさらに内部に目を向けさせ、「福祉国家」にした方が、領土問題で無用な対立を防げるし、中長期で、双方にとってメリットではないでしょうか。
  民衆を洗脳し、害毒を流し、支配しようとする、恐ろしい考えをもった巨大企業を野放しにし、その利益を代弁するエージェントに成り下がった欧米と、民衆の暮らし向きに神経をとがらせる中国と、価値観を共有できるのはどちらでしょうかね。自明だと思いますが。