書評 日本再占領
日本再占領 ―「消えた統治能力」と「第三の敗戦」―
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9月11日で東日本大震災発生から半年。東京で暮らしていると、東京電力福島第1原発事故の余波で、節電の呼びかけがある以外は、震災の影響をほぼ克服してしまったかのように見え、熱さが喉元を過ぎてしまった感がありますが、震災、原発事故で露呈した日本の政治機能の不全は深刻で、8月29日の民主党代表選を控え、しっかりと政治に向き合っていく必要があります。
「日本再占領」(成甲書房、1700円)はまさに時宜にかなった出版で、紹介せずにはいられませんでした。著者の中田安彦氏は、「ジャパン・ハンドラーズ」(2005年、日本文芸社)で有名です。米国の国家戦略を担う実力者や学者、日米関係をめぐるキーパーソンなど、人脈を軸に、「日本は米国の属国である」という厳然たる事実を突き付け、衝撃を与えました。
今回の「日本再占領」では、日本政府が震災、原発事故に、自ら対処していくための道筋を国内外に示せなかったことから、米国が日本を「統治能力を失った、軽度の破綻国家(フェイルド・ステート)」と認定し、1945年の太平洋戦争終了後の占領に続く、事実上の“再占領”に踏み切ったとの観点から、日本を取り巻く情勢を分析しています。3月15日の天皇のメッセージを「玉音放送」に重ね、象徴的な出来事として取り上げています。
1995年の阪神・淡路大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件などの際にも、政府の対応がもたついたことから、その際は「危機管理能力の欠如」として問題提起されたのですが、あれから16年。日本は何も学ばなかったどころか、無能ぶりに磨きがかかったというところでしょう。
なぜ、日本が統治能力を失ってしまったのか。それを読み解くカギとして、中田氏は「律令官僚」の存在を挙げています。官僚が影響力を持つ弊害は、長年言われ続けており、2009年の総選挙で、民主党は「政治主導」を掲げて、政権交代を果たしたわけですが、当初の勇ましい掛け声は鳴りを潜め、政治家はすっかり自信を失ってしまったように見えます。
西暦701年に中国・唐王朝の制度を模倣して、大宝律令が制定されて以降、天皇親政、摂関政治、武家政治、明治維新後の帝政、戦後の日本国憲法に基づく民主制と、政治の形は変わっても、天皇を北極星(北辰)に見立てた、政治秩序は変わらなかった。律令官僚たちは天皇の権威をかさに「天皇の忠臣」という形で、自分たちの存在を守ってきたのです。
そして、戦後は、天皇制維持と引き換えに、官僚と米国は結びついていく。米国としても、日本の官僚を操ることで、“日本統治”がやりやすくなったという側面があるでしょう。
世界中を揺るがせた、ウィキリークスが暴露した、米国の外交公電からそれは裏付けられます。本書では流出した外交公電を基に、外務官僚がいかに日本ではなく米国の国益にかなった振る舞いをしてきたかを丹念にフォローしています。
一番衝撃なのは、これは新聞報道もされましたが、2009年12月30日付の公電で、薮中三十二外務事務次官が同年12月21日のルース大使と昼食会で、東アジアの安全保障をめぐって意見交換。「鳩山政権や連立与党の政治指導者たちが、同盟をめぐる課題や今後の選択肢について理解が不十分だったり間違っていたりする」恐れがあるので、非公式で日米協議を行うことが「指導者を教育する機会になる」と言い放っていることです。
中田氏も指摘していますが、実務知識のない政治家に官僚がサポートするというのは、どこの国でも事情は同じとしても、他国の外交官僚に対して、「(国民によって選挙で選ばれた)うちの政治家を教育しておきますから」というのは、明らかにおかしいし、官僚の傲慢さを端的に示すものでしょう。
日米関係では、米国が一方的に日本に要求を押し付けてくるというイメージがありましたが、むしろ日本側(官僚)が“自発的”に国を売っていたという構図が浮き彫りになっています。
官僚が米国と結びつき、国民の代表である政治家が孤立してしまうという、怒りを通り越してあきれてしまいます。律令官僚制度の歴史は1300年。これを政治主導に変えていくのは並大抵のことではないということを私たちは肝に銘じるべきでしょうね。だからこそ、これからも闘っていかなければならない。
律令官僚の力を弱めるには地方分権は一つの有効な手段でしょう。米国にとっても、日本を支配するには中央集権である方がやりやすいでしょうから。
ただ、その一方で、米国の底力を感じさせられるのは、日本の官僚制の縦割り主義とリスク回避の気風が、予期せぬ災害に対して脆弱だと見抜いていることです。本書でもしっかり触れられていますが、震災の3年前の2008年3月18日付公電で有事の際の日本の統治能力の欠如を予見しており、これが“再占領”の下地となったのは間違いないでしょう。
震災から半年もたっていないのに、これだけ深い分析ができるのは、中田氏の日々の研究の積み重ねのたまものでしょう。ご労苦に心から敬意を表したいと思います。それと同時にまともな情勢分析ひとつ出せない、日本の指導者、エリート、インテリ層の無能さに歯がゆい思いがします。
1カ月ほど前から金融情勢が緊迫の度を増していますが、欧州に続いて、早晩、膨大な債務を抱える米国も国家破綻へと進んでいくことになるでしょう。日本は再び、国難に見舞われることになります。その時には、「トモダチ」という気持ち悪い言葉を使ってにじりよってくる“救世主”はもういません。
自分たちの力で難局を乗り越えていかなければならないわけですが、民主党代表選に名乗りを上げる面々を見ていると、不安は募るばかりです。
私たち個々人も物事の本質を見抜き、行動する能力が求められています。日本の置かれている現状を謙虚に見つめることがその第一歩。「日本再占領」は重要なヒントを与えてくれる一冊です。