ラーメン道 ワンタンの存在感 西荻窪編3

  東京ラーメンの源流を探るシリーズ。源流というほど古いお店ではないのですが、ワンタン麺で一世を風靡したお店があります。ワンタン麺好きならば知る人ぞ知る浜田山「たんたん亭」なのですが、その創業者が新たに西荻窪で開業したのが「支那そば いしはら」です。


  たんたん亭の創業は1977年で、終戦直後に開業したラーメン店とは一線を画します。むしろ「新興店」ともいえるのですが、味のつくりは伝統的な東京ラーメンを踏襲しています。いしはらは2007年オープンで、店主がたんたん亭を開いた当初の原点に戻りたいという、強い思いを抱いて始めたお店ということです。
  都内各所で若い世代による新規ラーメン店の開業ラッシュという状況ですが、全くゼロから味を組み立てて、オリジナルの味を生み出すケースというのは、皆無といっていいと思います。どこかのお店で修業、または直接教えを乞うなどしなくても、触発されたり、影響を受けたりして、味をつくりだす、いわゆるインスパイア系がほとんどだと思います。


  たんたん亭は、東京ラーメンの骨格の部分を忠実に受け継いでいる点で、まさにインスパイア系で、ラーメン専門店がまだ少ない時代に、支那そば一本で道を切り開いたといういう意味で、“ラーメン起業”の先駆的存在だと思います。東京ラーメンの歴史を考える上で、押さえておきたいお店です。
  私が注目する美食家の方が「西荻窪は駅前が再開発されなかったおかげで、多種雑多な昔ながらの飲食店が残っていて、東京で一番おもしろい」と指摘していたのですが、確かに派手さはなく、ちょっと地味なのですが、味わい深い街並みが残っています。


  しかも単に古いお店が残るだけでなく、居抜きで若い世代が経営する、ちょっとしゃれた、創意工夫が光る料理店や雑貨店なんかが入店し、新しい活力も芽生えつつあります。
  支那そばいしはらも店主は、それなりにお歳を召されていますが、店の創業年数は5年足らずで、新しいお店ととして、西荻窪の街に新風を吹き込んでいます。


  お店の外観は、ラーメン店というよりは、小じゃれた料理店という感じです。実際に夜はラーメン店というよりは、むしろ居酒屋で、店内にはホワイトボードが掲げられ、「焼はまぐり」「鶏唐揚」「クジラベーコン」といったその日のお薦めメニューが書き込まれています。


  私は浜田山のお店には数度行ったことがありますが、西荻窪の新規開業したお店を訪れるのは初めてです。
  正直言うと、あまりワンタン麺にはこれまで、思い入れはありませんでした。決して嫌いではないのですが、ラーメンと食べるのであれば、焼き餃子の方が好きだし、ワンタンだとそれほど腹持ちがよくないというか、ボリュームがないので、ワンタン麺を選ぶなら、むしろ麺を大盛にしたり、チャーシュー麺でがっつりいきたいという思いが強かったですね。
  ただ、たんたん亭のワンタンは、そこら辺のお店とは別格で、ワンタンの中に餡がぎっしり詰まっていて、小龍包ほどではないですが、それに近いものがあります。食べごたえがあり、焼き餃子の食感に飽きた時や、水餃子っぽいものが恋しくなったときに、食べたくなりますね。
  ネックはややお値段が高めであることと、浜田山という、ちょっと足を運びにくい場所にあるので、荻窪駅前なんかにあれば、頻繁に通っていたでしょうが、ラーメンとしての完成度も高いのですが、これまで頻繁に訪れることはありませんでした。
  西荻窪というと、大好きな荻窪・丸福の支店があり、本店が割と午後の早い時間帯に閉まっていたりすることがあるので、どうしてもこちらの方に足が向いてしまうのですが、今回はたんたん亭にも久しく行っていないことや、新しく開店したお店の雰囲気が知りたいということもあり、訪れてみることにしました。
  支那そばいしはらは、西荻窪北口の細い路地沿いにあります。ワンタン麺好きの人は、かなりいるし、超有名店ということもあり、行列覚悟だったのですが、午後1時半ごろ、店に着いた時は、店の前には誰もおらず、店内に入っても、7席の小さなスペースなのですが、年配の女性と、昼間からビール中瓶で一献傾けている近所の人らしき60代後半ぐらいの男性1人しかおらず、ちょっと肩透かしを食らった感じでした。


  肉ワンタンと海老ワンタンの二つの味が楽しめる「ワンタンメンミックス」(1100円)を注文しました。普通ワンタンというとひき肉が入ったものがほとんどだと思いますが、海老入りのワンタンは面白いですよね。
  もし、支那そばいしはらに行かれる方がいれば、是非注目してほしいのは、麺を引き揚げるのに平ざるを使っていることです。昔ながらの職人気質が感じられますね。
  平ざるで麺をすくうのは技術がいるし、一度に3人前、4人前の麺をゆで、平ざるの微妙な加減で、1人前ずつ、ラーメン鉢に麺を持っていくシーンは、魅せられます。大盛の注文が交じっていても、事もなげに、きっちり計ったように麺を一度で引き揚げていきます。これも東京ラーメンの神髄ですね。
  最近はどこも、1人前ずつゆでる専用のざるを使うので、平ざるを器用に使って、機械のように正確に麺を引き揚げる職人芸を目にすることはめっきり減りました。
  3~4分で出来上がり。前回、たんたん亭に行ったのは10年以上前で、記憶はやや薄れていますが、懐かしい盛り付けのワンタン麺と対面しました。
  スープは鶏がらをベースにしつつ、魚介が立っています。味としては荻窪・春木屋に近いですね。支那そばと銘打っていますが、日本そばの要素もつよいラーメンです。
  久しぶりにワンタンを食べたのですが、このトッピングもいいですね。ラーメンのスープとは別に、ワンタンのなかの肉汁やだしが感じられ、飲茶を食べているような感覚になります。
  トッピングとしては、2種のワンタンのほか、チャーシュー一切れとメンマ、海苔、ネギと、シンプルなスタイル。チャーシューは小さめなのですが、これも肉汁が感じられてちょっとおいしかったです。メンマもしゃきしゃき感がありました。
  麺は、やや細めで、これは、まさに支那そばを意識したのでしょうね。ワンタンが入っているので、太目の麺だと、麺に意識が集中して、ワンタンのインパクトが薄れる可能性もあるので、いいマッチングだと思います。全体的に一体感が感じられました。


  繰り返しになりますが、このお店は終戦直後とか、昭和30年代とかに開業したお店ではないにもかかわらず(たんたん亭は昭和50年代ですね)、創業65年といってもおかしくないような、オーソドックスな東京ラーメンを味わえます。
  ワンタン麺を最初に始めたのは、どのお店なのか分かりませんが、今や押しも押されもせぬ、ワンタンメンと言えば、たんたん亭あるいは、支那そばいしはらと言われるぐらいの存在感があるのです。老舗と比べると、歴史は浅いのですが、風格があり、東京ラーメンの原点の一つとして考えたいお店ですね。